どっちが無過失補償の財源負担? 産科医VS国 その3

 ①産科勤務医 ②産科勤務医の雇い主(産科という臨床科を有する病院、診療所)

 どちらの立場に立った意見なのか分けて考える必要があると思うのですが…おおむね否定的な意見に傾きがち。(毎日新聞の書き方も医師を煽り気味ですが…)まさに医師たちは暴動も辞さない構え…! 厚労省は政策でもって、医療費、医師の活動などをコントロールしていくのですが、ご存知の通り、医師数よりも数が少なくて断然、管理・把握しやすい、病院や診療所などの医療施設に号令をかけることを通じて、間接的に医師の活動を操作しています。

 私、個人的には、後で述べますがいくつか気になる点を除いて、補償費の医療提供者側負担(医師個人負担に諸手を挙げて大賛成とは言わないまでも…)はこのご時世、医師を積極的に優遇したいという世論がヒートアップしているなら別ですが、医者が「国が金出すべき」と言っても説得力を微塵も感じられない冬の時代ですので、まあ政府の案として妥当なところだと思います。評判のあまり良くなかった…前のエントリーですが、私、基本的に考え方を変えてません。

 どっちが無過失補償の財源負担? 産科医VS国 
 どっちが無過失補償の財源負担? 産科医VS国 その2 

 産科医が居なくなって困るのは、もちろん妊婦さん達なのですが、産科の施設を持った病院と診療所も相当困ります。自治体は住民の希望に答える必要がありますし、個人の病院では経営を破綻させると路頭に迷うわけです。今の状況では、産科勤務医の給料を上げるか、保険費用を負担して待遇を良くするくらいの意気込みがないと、産科医は集まりません。「産科医が減って良いんですか?…奥さん…!」 …さも、妊婦さんの気持ちを代弁しているかのように聞こえますが、実は産科の経営者たちも従業員の産科医が減少すると死ぬほど困るのです。

 で、ネット上の医師としては、「末端の労働者であるところの産科勤務医として」のみ発言すればよいのに、「産科医の雇い主」の気持ちになってみたり、「妊婦さん」の立場に立ってみたり、おもむろに政治家気取りで「少子化を解決したい憂国の徒」となったり、いろんな顔を持ちたがるので、全くまとまりを欠いていて少し残念…「①訴訟になるととってもわずらわしいので精神的負担を軽くして欲しい。②保険の費用があんまり高額になると不安」に絞れば議論がシンプルで良いのに…

 で、これからの産科勤務医の取るべき対応は、きちんと妊婦さんから分娩費用を取って、産科医への給料を上げるか、保険費用を代わりに支払ってくれる…そんな病院に勤務する事なのでしょう。元々、訴訟で負けた場合は、医師個人としてよりも、「病院として」お金が出ていたわけですから、産科医の代わりに分娩施設が負担しても問題なさそう… 経営的に上手くいってて自信のある産科の診療所などは、妊婦さん負担の分娩費用を上げなくとも良いでしょうし、選択は自由。一般に、分娩費用を値上げして妊婦さんが集まらなくなって困るのは、日医に属している、主に産科開業医の皆さんです。そんな彼らが、とりあえず厚労省案に反対するのは当たり前です。まあ、昔から受診抑制による収入減を危惧して、患者さんの味方を装って患者負担増にことごとく反対してきた歴史がありますから、驚くべきことでもありませんし、今さらそんなに悪いこととは思いません。

 産科医の給料を据え置きにしたり、保険費用の肩代わりが出来ないような、うだつの上がらない病院は、厚労省からすると、産科医たちに見限ってもらって、サッサと潰れて欲しいと思っているのでしょう。厚労省の持つ決して公開しない膨大な統計資料の分析から、全国の(一部の儲かっている)分娩施設の経営にはまだ余力があるとにらんでいる可能性もあります。日医総研もそういう調査を独自に行わないと太刀打ちできませんが…逆に「私らは結構儲けてまっせ…」というデータが出てしまうと公表しづらい…

【気になる点】

 まあ、財源をどこに置くかなんて、本質的には重要な問題ではないような気がしますし、言葉は悪いですが、形の上だけでも医者がお金を払っているというポーズがあれば、モラルハザード疑惑も、理不尽な医療攻撃も回避しやすそうですし、胸を張って仕事しやすいのではと思うのですが…正直なところ、労働条件が悪い、訴訟リスクが高い、以上に、「収入が少なすぎるから産科をやめたい…」と言う医師がどれくらいいるのか本音を聞きたいところです。

 ① 民間の保険会社がどれだけの透明性の高い業務を行うか…なのですが、利潤を追求されるとたまったもんじゃない…保険費用の値上げや補償費の支払いが遅滞するという暴走はいかにして監視するのか?

 ② 事故かそうでないかの検討が、専門家によってなされるのか? ケースレポートとして妥当な方法で検証され、有意義にフィードバックされるのか? 民間保険会社が業務に関わる秘匿すべき情報として抱え込まれてしまった場合、情報が有効活用されない可能性。→ 非営利目的のNPO法人といった組織の方が相応しくないか?

 ③ 刑事免責はどうなるの…?

 ④ 従来の特別児童扶養手当の扱いはどうなるの…?

 純粋に医師というプロフェッションの立場で発言するのであれば、「ゼニ」の議論も勿論大事ですが、いくらきれい事とは言え、「お産の事故が出来る限り減ると良いと考えて、日々奮励努力していきたい所存…そのための制度なんです…」表向きには、医者は最低これだけは素直に言っておいたほうが、一般の方々に愛されやすいと思います。

■ 参考

m3(医者向けの掲示板)より現実的な問題を提起したコメント

無過失保障制度は必要な制度だと思います

投稿者:  二代目産婦人科医 06/11/18_0000369347

産科医として無過失保障制度は必要な制度だと思います。産科医の医療には感謝して、訴訟をせずに頑張って脳性麻痺の子供を育てている家族にとっても良い制度だと思います。 保険料は医師負担ではなく病院の負担として、その分を分娩費の値上げでまかなって良いのなら、収入が増えた分を保険料に回し病院も損をしないように見えます。無過失保障を もらいながら民意訴訟を起こしても、民事での補償額から無過失保障分を減額するようにすれば二重取りも防げると思います。
問題は分娩費未払い妊婦に対して誰が保険料分も含めた分娩費を徴収するのかです。現状では保険料未納妊婦に出産手当金は下りません。また、いくら催促しても払わない妊婦に 対して病院側は泣き寝入りするしかありません。分娩費はもらえないのに保険料は負担するのではこれこそ病院側は二重負担です。分娩費未払いは無銭飲食と同じ扱いにして警察 に訴えて逮捕しても良いとするならみんな必死で分娩費を払うかもしれません。分娩には未払い問題が必ずからんできます。この点を改善してくれない限りこの制度を受け入れる ことは病院経営者としては絶対に出来ないと思います。いっそのこと出産手当金を100万円ぐらいにしてくれれば、病院側も未払い問題を無視できるぐらい分娩費を大幅に値上 げできると思います。分娩費は払わずに出産手当金は全額もらう。さらに医師を訴えてお金をせしめるというような妊婦にとって最も喜ばれるような制度にはなってはいけないと 思います。

■ 新聞記事

出産時事故:「無過失補償」導入へ 民間保険活用、医師が費用負担

 政府・与党は17日、新生児が脳性まひで生まれてくるなど出産時の事故に関し、医師の過失を立証できなくとも患者に金銭補償する「無過失補償」制度を、07年度に創設する方針を固めた。民間保険を活用、保険料負担は医師に求めるが、負担増対策として健康保険から支払う、現在35万円の出産育児一時金を2〜3万円増額する。新生児1人につき2000万〜3000万円の一時金を補償する方向で調整する。

 財源に関し、日本医師会は税負担を求めているが、与党は「国が直接かかわる話ではない」として、親に支払う出産育児一時金を活用することにした。一時金を増やせば、やがて出産費がアップし、その分医師の収入増につながるため、医師に保険料を負担してもらう構想だ。

 民間保険会社に新たに「無過失補償」の商品を企画してもらい、産科医が任意加入する形をとる。保険料の決め方などの詳細は今後詰める。先天性異常の場合は、補償対象としない。将来的には、自動車損害賠償責任保険のような強制加入の制度に移行することを想定している。

 政府は、出産育児一時金を37万円にアップすれば、医師全体で約200億円程度の増収となり、事故一件につき2000万円の補償が可能になるとみている。

 政府は補償金に税投入はしないが、民間保険会社の支払い審査、原因分析といった事務費の半額、数億円を「少子化医師不足対策」名目で税負担する。

 医療事故に絡む民事訴訟件数は年々増えており、04年は1110件と10年前に比べ倍増している。なかでも産科(143件)は、件数こそ内科などに次ぐ4位だが、医師1000人当たりでは11・8件と最も多い。このことが産科医のなり手不足を招いている、との指摘がある。【吉田啓志】
毎日新聞 2006年11月17日 東京夕刊