まだいるんです。なぜか。

いやー。まだアメリカにいるんです。もう13年。ヤバイ。2年前と同じこと書いてる。というか定期的に訪れてしまうのだけれど既視感がすごい。ついにもう口にもしたくないような年齢に突入してはや数年ですがまだしぶとく在米中で、フェローの一年目が終わりかけて、後もう一年フェローをする予定なんですけど、田舎の父親はまだ何とか生き延びてて、日本にいる子供はずいぶん大きくなって、この夏からアメリカに帰ってきてこっちの学校に入れるように手続きをしているところ、という感じ。それがまあ、当初の予定だったのだけれど、ていうか、それでいいのかなと考えてしまう事がこの頃多い。このままだと本当にもう後戻りできないというか、普通にアメリカの移民家族になってしまうわけで、日本は本当に良い国で私たちにとって大阪ほど暮らしやすい街は世界中を探しても他にはないというのに、なんでこんな事になっているのだろうとか、今さらながら考えて、あーこれ、このままでいいのだろうか、というのを去年からほぼ毎日考え続けているという感じ。でもなあここまでやったのに帰るのもなあ、というかもう後戻り出来そうにない、もしくは後で引き返すには面倒な事になるポイントに来てしまったので躊躇しているというか。色々考えてたけど、何で今私がここにいるのかを考えてみたところ、アメリカで暮らす良さも悪さも、日本で暮らす良さも悪さも、実はどっちも大した事ではなく同じような物、どうでも良い事で、別に理由などないという結論に至ってしまったので、これ以上考えない事にした。日本でもアメリカでもどちらで暮らしても良いが結局なんか知らんけど、今ここに居るだけなんでそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。しかしこう考えてしまうと、何だか虚しい生き方のようで、何かそれはそれでどうなんだろう。

こんなややこしい事を始める前とその最中は、これまで未経験で憧れのようなものを感じていたアメリカで何とか生き延びてゆくという実感があって、それが充足感や達成感をもたらして生きる前進力というか、ここに残る動機づけのような物だったのだけれど、最近何かそんなのも薄れてきて、何で私はここにいるんだろう、もっと居心地の良さや快適さを追求してとことん楽に生きたい、というか。過去数年間は本当に頻繁に日本に一時帰国してて、もう結構年を取ってきた私にとって、どう考えても日本ほど暮らしやすい国はなくて、日本に帰りたい感が増しているのももう一つの原因何だけれど、でもなあ、今帰るのも勿体無いし帰るという選択肢は今の所ないし。というわけで、来週末はメモリアルデーという事で日本にちょっと帰る予定で、これがもうね、一番の楽しみなのです。

新しい日々

なんか知らんけど、専門医の試験は受かってた。6月は日本に帰って家族とゆっくりできた。その後7月に入って、新しい職場であるのでシステム上知らん事が多く仕事が忙しくて1日結構な時間を仕事に費やしている。ロサンゼルスのひどい渋滞を避けるために5時に起きる生活を始めたんだが、歳をとってきているせいか朝早くに起きる事が苦痛じゃなくなって悲しい思いをしている。また8月には日本に帰りたい。

毎日がつらい

5/5/21

ダメだ。全くやる気が出ない。来月の頭には引越しするので、一月前に日程を抑えようと日系の引越し屋にいくつか電話して見積もりの段取りなど。あと丸々7日で最初の試験だというのにまるで勉強が手につかない。先のことを考えずに勉強しなくてはいけないのに、色々どうにもならない事を調べてたら9時間ほど無駄にしたのかな、今日。多分、もうこれ以上勉強せんでも何とかいけるんちゃうかな、という意識がどこかにあるのだろうが、何もしないと覚えた事がただ抜けてゆくだけなので、危険である。朝方に戻す必要があるので、もう1時には寝ようと思う。

 

5/9/21

世間は母の日なんだが、私の母親は2018年にすでに癌で他界している。2歳になる前の息子を連れて渡米したのが2009年。可愛い盛りの孫が居なくなってしまい、相当落胆したそうだ。死んだ後に父親が教えてくれた。それまでは実家から大阪の私の家までたびたび会いに来ていたのだが、それが何よりの楽しみだったらしい。結局その後、死ぬまで数えるくらいしか孫と会ってない事になるので、これは相当親不孝をしたなと思って後悔している。いずれ母親というのは先に死ぬものなのだろうが、このやり切れなさとどうやって折り合いをつければ良いのだろう。

勉強がしんどい

5月の頭に専門医の試験があるのでその準備に勉強しているのだけど死ぬほど辛い。死ぬほど辛いんだけど、老化しているので辛さを感じる感覚が勝手に麻痺している関係でまだ何とかなっている感じ。ある時、何かの加減で我に帰ったら死ぬんじゃないだろうか。覚える事が多すぎるの何だろうこれ。まあ、これ見て何かわかりませんだったら診断できないので仕事に差し障るから仕方ないんだけど。

時々日本に一時帰国するのが唯一の楽しみで、このご時世なので色々大変なんだけど、何とか暇を見つけては帰りたい。幸い、仕事もそんなに忙しいわけではないので、明日日本に向けて出発する予定。コロナPCR検査を昨日受けて、陰性結果が今日出た。ちなみにワクチンは12/18と1/8に2回分打った。1回目は何もなかったけど、2回目は翌日倦怠感が強かった。

もうね、娘と離れて暮らすのは辛いけど、まあ勉強もしなくてはならないので、この時期は仕方がないかと諦めている。

お金が入ってきます

アメリカ関連の話です。アメリカにいるから恥ずかしながらアメリカの事以外に他に話す事がありません。コロナの影響でみんなにお金が配られる事になって私のところにも大人1200ドル子供500ドルが振り込まれたので嬉しいのですが、息子の500ドル分が額面上減っているので不審に思って去年のTAXリターンの書類を見ると、息子の社会保障番号(ソーシャルセキュリティー番号、通称SSN)が昔に取得したITIN番号のままになってて息子がうちの被扶養者として申告されてなかった事が判明した。

実は去年の2018年度からchild tax credit の対象がシレッとSSN持ちの子供だけになっていたらしい。そんな訳でTAXリターンをお願いした会計士に連絡したら修正申告の書類を送ってくれた。

そしたらさらに1500ドルの払いすぎた税金の還付があるんだと。貰えなかった500ドルは来年にもう一回催促する形になるらしい。まあ、ひょんな事でお金が帰ってくる事に気づく事ができたので良かった。

フェローシップ応募

こちらのレジデントは研修期間が終わると、専門的なトレーニングのために、さらに1年か2年のフェローシップという研修をする人が多いのだけど、その流れに乗って私も応募しなきゃいけない状況で、こういうのは早めに応募した方がいいので、サッサと志望動機を一枚書いてしまいたいところだけど、英文書くのが死ぬほど億劫で、ずっとダラダラと先延ばしにしてたんです。そんで、今日は土曜日で行くところもないので家でやるべきなんだけど、どうしても嫌なのでフェローシップの応募先選びだけをして、日も陰ってきたので何か成し遂げたような気になって終わりにした。

まあそれとコロナなんですけどもうね、ヤツの事は口にもしたくないんですが、病院は開いてるので毎日仕事には行かなくてはいけなくて、食糧が無くなったら近所のスーパーに買いに行けば大丈夫です。ということでまあ日常生活には大して変化はありません。道路はガラガラで渋滞もないのでそれは快適。

私、家族が日本にいる関係で毎月のようにLAXから日本に帰ってたのですが、コロナのせいでできなくなってしまって、まあしばらく家族に会えないのです。日本に飛ぶとしたら14日間は自宅待機だし、その前にどうやら検疫でコロナ検査されて結果が出るまでどこか指定の場所で待たなくてはならないとの噂もあるし、そんでアメリカに帰ってきた時にまた職場に戻る前に14日間自宅待機しなくてはならないので、まあ実質的に行ったり来たりが出来ないという事になってしまったのが辛いです。

まだアメリカにいます。

いやー。まだアメリカにいるんです。もうすぐ丸11年。ヤバイ。3年前と同じこと書いてる。年が明けてしまったけれど、ついにもう口にもしたくないような年齢に突入したのですがまだしぶとく在米中で、レジデントも残す所一年半で、その後どうするかなんですけど、1年間フェローをこの近辺でする予定で、その後はさらにもう一年フェローをするかどうかという所なんですが、子供の教育の事や義父が亡くなったり色々あって家族は日本に一時的に帰って生活をしている状態です。うちの母親も癌で死んじゃったのです。一昨年。寂しいけど。何にも親孝行してない。

で、ブログなんだけど、何これ懐かしい。有料サービスにすると月600円もかかるという。どれだけ更新するかもわからないのにそれはちょっと払えない。