南和歌山医療センターの院長を悪く言わないで! -助産師を守るための苦肉の策-

 えーと。いつもの様にネットの医師らに叩かれている対象を何とか擁護して理解を深めようというエントリ。今日のゲストは南和歌山医療センターの中井國雄先生です。マリオに似てるかも。私、どうしてもこの院長が100%悪いとは思えません…

 事件の顛末ですが…南和歌山医療センターが「院内助産所」を開設して、年内には妊婦を受け入れる予定…とのニュースがきっかけ。(ある産婦人科医のひとりごとにとても詳しいです)簡単に言うと、この地域(和歌山県の田辺医療圏)の基幹病院は、この南和歌山医療センター紀南病院の二つで、紀南病院に産科を集約して、医療センターは産科が閉鎖される事になりました。その後、残った助産師たちの労働力を生かして「院内助産院」を作ることになったのです…

 これを読んだネットの医師たちは

 ① 助産院などで安全なお産など望めるわけがない…産婦人科医不在の院内に作るとは本末転倒も甚だしい。院内の他科の医師にとばっちりがきたらどうする…

 ② ただでさえ希少な労働力の助産師、たった3キロしか離れていない紀南病院に助産師を全員送って集約すればいいでしょ

 と、まあこんな主旨で大反対。そんなところへ、「ある産婦人科医のひとりごと」の当該エントリに南和歌山医療センターの院長と思しき方が、まあ、お前らそんなに言うな…とコメントを書き込まれたので、またネットの医師たちは大騒ぎ…

 田辺医療圏の助産師の数は人口14万人中、33人で全国平均を上回っています。このあたりの助産師の数はまあ、わりと恵まれています。そのうち、なんと4割の14人が医療センターに勤務しているわけです。これが、産科が無くなったものだから、事実上、お産の仕事がなくなってしまったわけです。助産師さんにとっても、お産難民ですね。

 医療センターの充実したホームページによりますと、ヨーガ教室を取り入れたり、妊婦さんを大事にしてお産には力を入れていたと思われます。人手も予算も投資して、基盤を作り上げたのでしょう。ところが、これも集約して産科が閉鎖になれば、全くのパーになります。

 それにしても、この助産師不足の時代に、よくもこれだけの助産師を集められたものだと思いませんか? そこにはやりがいと良い待遇があって助産師も集まったのでしょう。これは院長をはじめ、このセンターの経営方針を評価してもよいのではないでしょうか。

 せっかく作り上げた職場環境が、産科医撤退で灰燼に帰す…お産が出来なければ助産師という資格は全く無意味…新しい働き口が見つかるまでなんとか助産師としてのモチベーションを維持して、職に対する手当てを考慮するのは、この世知辛い世の中で経営者としてはアッパレなのです。

 慣れた職場を追い出して、紀南病院にいきなさい…とは、経営者の言う言葉ではありません。というか、逆に言うと、紀南病院が助産師をリクルートすればよいのですが、それをしないという事は向うに予算が無いのでしょう。紀南病院の方が待遇がよければ、助産師のみなさんもさっさと移動していたはず。苦肉の策を打ち出した、院長を責めるのは少し酷です。一時的に(紀南病院なりに集約されるまでに)助産師(という仕事)を守る意味でも意義があるのではないでしょうか? 

 紀南病院が、助産師を好待遇で迎える動きが無ければ、集約化はムリなんでしょう。紀南病院の経営側は人件費がもったいないので、いきなり14人も(倍くらいに膨れ上がるかしら?)助産師を雇わない(雇えない)と思います。そもそも、医師だって強制で、いくら3キロ先でも勤務地を移動させられるのはイヤなのに、やにわに助産師に押し付けるのはムリがあります。医師でも医局が異なる医師のグループがひとところに集まってスムーズなよい職場を作り上げるのは困難です。

 これが、とりあえずの南和歌山の田辺医療圏のひとつの地域医療のあり方なんでしょう。もちろん、これが100%安全で正しいとは言えません。昨今の医療を取り巻く状況を抜け出すための完全解はありえません。暖かい目で見守りたいです…助産院で、事故などの不幸なお産や問題が起きないように心からお祈り申し上げます。田辺医療圏は14万人で、年間1400件のお産が予想されますが、このうちどれだけを助産院で扱うのか不明なのですが…なんとか凌いで頑張ってください。応援しています。

 ◆関連リンク

いなか小児科医 :難しい選択

いなか小児科医 :産科医のいない院内助産所
 ↑ こちらのyuchanさんの優しいコメントが私は大好きです

新小児科医のつぶやき :助産師の集約化は不可能か
 ↑ いつも引用せざるを得ない濃密なブログです (いつも読んでます!)



件の院長のコメントを引用しておきます。

南和歌山医療センターの院長の中井國雄です。 
 助産師が14人いたことを知る方にお伝えしますが、助産師に全員産科医のいる施設に異動させればよかったといわれた方には、もう一度人権教育からお勉強していただかねばなりませんね。「させる」、と言う言葉尻だけではありません。現実に立派な職業人である助産師個々人の意志を無視して施設とその雇用母体を超えてできるかどうか良くお考え下さい。既にご自分の事情で辞めることになっていたり、同じ国立病院機構内でなら異動するという意志を示したり、南和歌山で何とか頑張りたい、場合によっては助産業務でなくても頑張りたいといった人もいます。
 また大変なことが起こるまでわからないでしょう。と言われる諸氏にお伝えします。小生専門は脳外科ですが、分娩は正常かどうか終わって見ないと分からないことくらいは百も承知しています。この手のことはお産だけでなくどの医療にも同様のことがあります。したがって置かれた環境でそれぞれの人が、能力の範囲内でできるだけのことをするしかないのです。それを大きく怠ってどうしようもない作業をしたと判断される時には多少とも個人の責任問題が出てくるわけで(それでも逮捕という言葉は避けたほうがよろしいかと思います)、そうでない限り民事訴訟(鑑定などの条件次第で簡単に敗訴することは間々あります)での損害賠償責任は全面的に施設が持ちます。少なくとも南和歌山医療センターではそうしています。その対応ができるほどの報酬を勤務医に払えていない現状では当然のことです。損害賠償責任だけではないと言われる先生もおられるでしょうが、当院の先生方には訴訟を恐れるがあまりの萎縮医療にならないように日頃お伝えしています。また施設全体のリスクマネジメントとして当然ですが、ある程度の割合で医療事故がおこることは常に予想しています。当院ではそれに院内助産院が追加されことになります。助産師に責任をとらせるようなことはしません。今年初め当院の小児科医が新生児救急疾患を24h対応できなくなった時点以来(近々可能となる予定ですが)、既に母体搬送をふやしていましたが、この時点で既に当院はリスクが増えていることを自覚しております。産科医が不足する現状では致し方無く、当地を生活のベースとする当院の助産師も含めた地域の方々の要請に応じて塾考の上とった方策とご理解頂きたく思います。産科の先生には、目の敵の様に無知なものを嘲笑うがごときコメントは避けて頂いた上で、一度白浜で魚釣りとゴルフでもしながら一肌脱いでやろうかという先生がおられましたら、是非ともご一報頂きたくお願いします。今のところ紀南病院の院長、産婦人科部長がバックアップのお約束をしてくれていますが、常勤の先生が居るに越したことはありません。産直はしないバックアップ(産)婦人科医師としてで結構ですので宜しくお願いします。

投稿 南和歌山医療センター 院長 中井國雄 | 2006/09/26 11:12

 白浜の海はとても素敵です。