福島県立大野病院の産科医逮捕事件が幻冬舎新書に書かれている件

 うう…いつも思うのだけれど新書の類については物申したい。1時間ほどページめくって756円というコスト高は何事か…それに家に持って帰って本棚に入れるほどの本でもないし…そんなわけで、新書についてはなるべく書店内で楽しむように心がけています。資源の節約になるから地球環境にも良いし、流通による貨幣の物理的磨耗も防ぎます。温暖化に伴って水没する地域の住民を思い浮かべる事により、立ち読みの罪悪感を霧散させることが可能なのです…!

大学病院のウラは墓場―医学部が患者を殺す (幻冬舎新書)

大学病院のウラは墓場―医学部が患者を殺す (幻冬舎新書)

 一昨日、梅田をブラブラしていたらどうも幻冬舎の新書が創刊されたらしく、店頭に平積み。ほう、あの幻冬舎が…私が大学に入ったか入らないかの頃に出来た出版社…何冊か村上龍を読んだ記憶が残ってます。「廃用身」「破裂」でお馴染みの、医師でもあり作家でもある久坂部羊氏が初めて小説以外の著作を物したという。幻冬舎お抱えの作家が昨今の医療問題に触れるとあっては手に取らないわけにはいきませんわ…

 ご覧の通りタイトルがアレなのですが、騙されて買っていく人が結構いそうで嬉しい。というのも、中身は決して下世話な大学病院のウワサ話とかではなく、なんと昨今の医療崩壊について読みやすく書かれている至極まっとうな書籍なのです(「墓場」なんて出てきません)。医療関係者ではなくて(私らが新たに知るような内容は特にありません)、このようなタイトルに魅かれてしまうような、健康や医療に興味津々の人々が読んで医療の現状について理解を深めると非常に良いかも。そしてそんな人々と一緒に医療の問題を語り合いたい…。"医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か"に多くの示唆を受けたとあとがきに書かれていますが、幻冬舎社長の見城徹氏にテーマを与えられたとあり、「新書創刊に際して売れそうだからこういう感じの書いて欲しい」って言われたっぽい…

 タイトルの舞台は大学病院ですので、まずは一般の人に理解しづらい「臨床」と「研究」の相容れなさを紹介しており、これを軸として、臨床研修医制度、医局の崩壊、医師の偏在についても果敢にまとめようとされています。最近のトピックスとしては「医師不足」にも具体例を出してきっちりと触れてられていました。特筆すべきは、大野病院の産科逮捕事件に関する記載です。「逮捕は不当であり、警察のスタンドプレイ」という論調で述べられ、これまでネット上の医師らの見解にとどまっていたものが、初めて一般書籍に活字となって現れたのではないかと思います。それにしても医療問題について書かれた新書が、香山リカ和田秀樹が書いたものに並べて置かれるというというのはとても画期的なことかも。

 しかし、これは医療に要求される典型的な二律背反のひとつである。患者は誰でも熟練者に治療を受けたいと思うが、だれかが未熟な医師の治療を受けなければ、永遠に熟練者は生まれない。もし外科医が執刀数を開示すれば、ほとんどの患者がベテランの手術を選ぶだろう。すると初心者は執刀数を増やすことができず、いつまでたってもベテランになれない。その問題に触れずに、患者の視点に立っているかのような新聞の社説にはあきれる。世間が早くそういう社説を「アホか」と思うようになれば、もう少し踏み込んだ議論がなされるようになるだろう。

 マスコミの白痴じみたきれい事を阿呆みたく額面どおり受け取るなんていう愚をおかすことのないように…私の意訳ですが、そういう内容の記載も随所に見られますが、いやらしくならないよう巧みに書かれています。

 医師の不足と偏在を招いた最大の原因として、久坂部氏は「医師の自由」を指摘しています。旧弊な医局制度という暗黙の制限が無くなって、医師は大いなる自由を手に入れた。その結果、地域医療は崩壊してしまったというのです。その解決策として、何らかの手段を講じてでも医師の自由を制限する必要があるのでは…と述べています。医師にとっては嫌悪を感じてしまうような方策かもしれませんが、誰が行かなくてはならない僻地での診療。「俺は都会に住むから、お前は田舎に行けよ」…今の所考えないようにしていますが、近い将来医師同士で噛み合いになる事必至…その前に何とか我々医師の間で折り合いをつける必要があります。重要なことですが、これは「患者さん」や「国」に責任を転嫁して目を反らすことの出来ない、厳然たる医師の間の問題でもあると思います。