タスポ事件

 もうタバコをやめた私には関係ないのだが、タバコを買うにはタスポという身分証明のカードが必要になるらしい。タスポという響きが男性器の俗称のようにも聞こえたので、「タスポヲタッチシテクダサイ。タスポヲタッチシテクダサイ。…ゴリヨウアリガトウゴザイマシタ。」と、タバコの自販機のモノマネをしながら妻に性器タッチを強要するというドメスティック・セクシャル・ハラスメント(DSH)に興じたのだが、妻が「妹に言うよ」と反撃。

 昨日初めて知ったのだが、私の汚言や奇行が酷いと妻は3つ下の彼女の妹に一部始終を報告しては愚痴をこぼしているらしい。以前、「クララが立った」の名シーンをテレビで見ながら、私が「男性器が勃起した」みたいな事を言ったらしいので、外では何食わぬ顔で大人しくしているらしいけど、家では本当にロクでもないのよと妹に不満を漏らしたらしい。それを聞いた私は急に恥かしくなり顔面に血液が集まって熱くなるのを感じた。

 ば、ばか、これの面白いところを敢えて解説するとだな、30過ぎた大人が、今どき中学生も阿呆らしくて言えないような低レベルで卑猥な駄洒落を堂々と言い放つ潔さが、逆に新鮮さと可笑しさを醸し出してだな…としどろもどろの私。「何が逆にか。この口が言うんか。この口が」そもそも誰あろう妻とだからこそ交わせる会話なのであって、第3者に漏らすなど想定外であった。私が破廉恥で、なおかつ冗談のセンスの低い人間だと思われる事が何より恐ろしかった。ところが、私が何を言ってもしらじらしく聞こえるらしく、最後には、部外秘でお願いします、と完全に降伏し懇願した。

 私の内部にたまって澱んでいるストレスとか膿のようなものが汚言という形で私の口から吐き出され、それを妻にぶつけて解消しようとしているのだ、私は不幸な女だ、と妻は主張した。ところが、私は、実はそれほど日々の生活に精神的、肉体的な負荷をかけているわけではなく、「タスポ」や「クララ」の件は専ら妻を楽しませようという意図しかなかったと説明し、例えて言うと、結婚十周年に10個のダイヤモンドを送るようなものだとも付け加えた。男性器をダイヤモンドに例える事を試みた自分の大胆さに少し陶酔しそうになったが、妻は静かに心を閉ざしていくような顔をしただけだった。

 …まあ、それが昨日の晩の話で、今朝は自転車に乗って駅まで行ったのだけれど、もう暖かくてシャツ一枚でも大丈夫で、顔にあたる風がとても爽快で、ああ春だなと嬉しくなった。息子は10ヶ月になって散歩に連れて行くと犬を見ては「アーアウアウ」と両手をバタバタさせて呼びかけたりするのだけど、そういうのを思い出して、あらためて息子が可愛いと思った。さらには神様に感謝したいと思ったりした。で、「神様ありがとう」の白々しいフレーズから、「ラスカルに会わせてくれてー、ラスカルに会わせてくれないー」などと適当に歌を作って歌っていると、ちょっと開けた口のなかに変なムシが飛び込んで来て驚いた。慌てて吐き出したが異様な後味が残っていたので、その後も自転車をこぎながらツバを沢山吐いた。そんな事もあって爽やかな朝が台無しになった。

 今から抄読会で私の担当なんだけど、直前に書かなくても良いブログを更新するなど、意味のわからない現実逃避もいい加減にしたいものだと思う。