ウサギと毒ガス 「大久野島」

 夏になると日差し対策のスキンケアにいっそう余念のない妻を、ファンシーさ皆無のアウトドアに連れ出すのはとっても大変。冷房のきいた百貨店で新作ブーツでも物色したい妻はなかなか首をたてにふりません。かくなる上は逆ギレ…ただ、君との「夏の思い出」が欲しいだけなのに…理解力無さすぎじゃない? それとも君は人間の心を持たないマシーン? 「…うう、かなり面倒くさい…わ、わかったわよ…」 むかし結婚まえに病院で当直中の妻のところに、夜中、差し入れのブドウを持った私が現れ、似たような論法(レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン論法)で情事 in ホスピタルを迫ったときと同様の反応。しめしめ、この手はまだ使えるわい…

 さて、当ブログにお越しの素敵な奥さま方に、ぜひ一度訪れていただきたい魅惑のアイランド「大久野島(おおくのしま・広島県竹原市)」をご紹介いたします。山陽新幹線三原駅からたった2両の在来線に乗り換えて、瀬戸内ののどかな波面を眺めながら揺られること30分。忠海駅で下車して、沖に浮かぶ大久野島までは船に乗ってわずか15分で到着します。ちょっとしたセックス・フレンドのようなアクセスのお手軽さは、何かとしがらみが多くて忙しいわりには今ひとつ満たされない…そんな奥さま方にピッタリなのです。

インファナル・アフェア in 大久野島

 旧陸軍の毒ガス工場だった大久野島は、今では島全体が国民休暇村。当時、実験動物として飼われていたウサギが野生化し、現在では約250羽ほど生息しているとのこと。炎天下のもとファー・ジャケットを着て跳びはねる好事家がいないように、ウサギたちは南国風の低木に隠れたまま、あまり姿を見せてくれませんでした…


 いかにも触り心地の良さそうなボディで子供のハートをわしづかみにするウサギたち。夏休みも終わりに近づいて退廃的なムードの小学生たちは、その長い耳や四肢を、大人がたしなめたくなるほどの乱暴さでわしづかみにします。なんという因果のループ…まさに無間地獄と言えましょう…

二億年前から愛をこめて

 何で私だけ…ビジターセンターの水槽には「生きた化石」とよばれるカブトガニが不貞腐れたようにスイミング中。瀬戸内の海にはこの他に、スナメリクジラ、ナメクジウオなどの希少な動物が生息しています。天然記念物…あまりにも恐れ多い存在なのですが、「ぜひ触ってみてね!」という子供の字によるフレンドリーな掲示に驚愕…係のお姉さんに尋ねるとタッチを強くお勧めされました。

 お姉さんは慣れた手つきで水槽からタライにカブトガニを移します。おお…カワイイ…12歳くらいの雌だそうです。(カブトガニの寿命は今のところ不明で、25歳くらいといわれているらしい)恐る恐る触ってみると、触感はまあ、カニの甲羅そのものでした。

 「もっと大胆に触れ合ってください!」 カブトガニとの控えめな交流に批判的なお姉さんは、私にカブトガニを持ち上げてみるよう勧めます。えー落としたらどうしよう…イヤイヤをするように隠れていた複数の足たちが動いていますが、それにしてもカブトガニが機敏でなくて良かった…フナムシばりに移動されるとこれ以上仲良くなれる自信がありません…

ツタの絡まる発電所

 戦時中には毒ガス工場の電力を賄っていた重油炊き火力発電場。現在は数少ない工場時代の遺跡となっており、旧陸軍の毒ガス製造に注いだエネルギーの大きさを感じます。人の入らない深閑さをいっそう際立たせる大量のツタ…島の陰鬱な歴史を覆い隠そうとするかのようです。

 発電設備は対戦国に賠償物資として提出し敗戦と同時に廃墟となりました。島を訪れたのはこの戦跡を見るためです。辿りつくまでに、暑い中を自転車に乗ってかなり移動させたので、汗だくの妻は「また、この人に騙された…」ともうカンカン。がらんどうの建物の中に全く興味を示さず…「化粧が落ちた」だの「サンダルに傷がついた」だの…やれやれ…

 近頃は、自分の時間が大切…などと主張して「結婚できない男」がクローズアップされているようですが、ほんのささやかな趣味しか持たない陳腐な私は、不覚にも結婚してしまったわけで…しかし、こんな風に妻を騙して、色気の無い場所を強引に連れまわすと離婚リスクの高まりを感じます。それにしても…阿部寛のようなハンサムな男性ならいざ知らず、40前後で結婚したい女性が現れても、所在が曖昧になった頭髪、シークレット腹部として備蓄された脂肪、加齢的スメル…などという呪いのアイテムを装備していた場合、意外と不利に働くらしいので、「わかる、わかる…」などとドラマにかぶり付きの御仁には注意を喚起して差し上げたいのですが、私のような中身の無い浅薄な男の言う言葉など聞き入れて下さるかどうか…

 地面にはガラスの破片が散らばっているので、妻は入り口から入ってこようとしません。怒った顔なのに菩薩みたいだよ…などと、なだめすかして一枚だけ記念写真を撮ってもらいます。まあ、この後、耳元に息を吹きかけると、すぐに言うことを聞くようになったのですが… (このブログを妻が読まないことを切に祈ります)

 大久野島には、昭和四年、この島に設置された東京第二陸軍造兵廠忠海製造所(日本陸軍の毒ガス工場)に関する資料館があります。こちらについてはまた後日、時間のできた時にでもご紹介したいと思います。