勤務医はとってもステキなお仕事なのよ

近所の市民病院が近々閉鎖になるかもという噂が流れていてなんかもう本当に面倒くさいムードが全科に流れている。うちの病院に流れてくる患者が増えることになり、私たちの引き受ける仕事が自然と増えることになる。どれだけ仕事をして病院の収入を増やしてもお給金が同じというシステムにある勤務医の私にとっては迷惑で冗談ではない状況。なんたって業務負担が少ないのがわが病院の魅力ではなかったのか。でもまあ仕事が増えたとしてもそれはそれで仕方がないと我慢するしかないのも勤務医の醍醐味なのだけれど…

比較的ヤングなうちの部長は「患者増えたらどうしよ〜」などとヘラヘラ詰め所で看護師さん相手にその噂話に花を咲かせており、台風が近づいてる時の子供みたいなワクワク感を醸し出していて、私としては大いにイライラ。誰も望まなかったせいで転がってきたニッチな閑職にどことなく不甲斐なさを感じていたのかもしれない彼にとっては自分に任される診療対象が増えることによって、自分の地位が高くなったように錯覚してしまっているのではないかと疑う。他人が投げ出した仕事を押し付けられただけのその受動的な生き様はいかがなものか。

もともとこの病院に愛着を持って働こうという気概は積極的にはなかったわけだけれど、待ちに待った留学予定先からビザ関連の書類仕事が届き、4ヶ月後にはこの病院から退職が確実となりつつある私はますます薄情な人間になっていくのであった。臨床研修医制度によって、最初からQOMLを重視する若い医師がべらぼうに増えたとお嘆きの方もおられるけれど私はそうは思わない。いつまでも労働環境や報酬に無頓着でいられる労働者は少ないのだし、私はもはや下品なほどにそうではなくなっている自覚もある。

今の私にとってまあ嬉しい時ってなんだろう。夕方オンコールで地域医療連携室経由で連絡の入った頚部骨折を引き受けさせられることもなく無事に病院を出て夜診のバイトに出かけて行くときかしら。晩餐の前に家族で祈る習慣のある人々みたいに「今日も無事に副収入にありつけてありがとうございます」という感じでしみじみと誰にともなく感謝したくなる。あの時の私はいつものようにマネーの事ばかり考えているというのに不思議と自分がこの上なく清らかな存在に思えてくる。