匂いを嗅いでみた

こないだ、座っている人もまばらな電車に乗っていたときの話。「息をするのもめんどくせぇ」とは誰のセリフだったか、などと考えながら窓の外を眺めてたら、何日もお風呂に入ってない人特有の、微生物の力を借りて程よく醸成された匂いが漂っているのに気がついた。辺りを見回すと、路上生活者風の中年男性がどの駅からか乗ってきていたようで、少し離れたところに座って無造作に頭をボリボリと掻いている。

半径数メートルの空間には私とこの不潔な男しかいない。匂いの元はおそらくこの人なんだろうと思ったのだがふと不安になってしまった。

もし私の匂いだったらどうしよう。そんな記憶はないが、自ら間違えて汚れているのに洗濯をしていない衣類を着て出かけてしまっていたらどうしよう。朝、シャワーを浴びたにも関わらず私の体臭が生まれつきこのようなものだったとしたらどうしよう。そもそも人を見かけだけで判断しては良くないし、これが幻臭だったら私は精神の病気なのかもしれない。まるで自分の匂いでありはしないかと錯覚するほどの距離を隔ててまで、かの強烈な匂いが私の鼻先まで届いていたのである。

その時は本当にこの悪臭が自分から漂い出たものでない事をどうしても確かめてみる必要があると感じた。そうしたわけで、車内の路線図を確かめるふりをしながら、この擦ればどれだけ綺麗になるかわからないような男にさりげなく近づいた。他所を向いている隙を狙って鼻を突き出して男の周囲に漂っている空気を少しだけ鼻腔に含ませてみる。もう一度この男から十分に離れた場の空気を嗅ぎ、それと比較した上で判断することにした。

うわーやっぱり嗅ぐんじゃなかったよ!